株式会社Result 創業ストーリー 〜「成果が出るまでやる」 私がこの事業を行う理由

こんにちは。株式会社Result代表取締役、中小企業診断士・認定経営革新等支援機関の佐藤勇樹です。
私たちは、東京都を拠点に全国の中小企業・小規模事業者様へ向けて、省力化投資補助金やデジタル化・AI導入補助金、ものづくり補助金などの申請支援、および銀行融資を軸とした総合的な資金調達・資金繰りサポートを行っているコンサルティング会社です。
私たちのクレド(信条)は、「すぐやる。必ずやる。成果が出るまでやる。」というもの。私は、補助金や資金調達のコンサルティングにおいて、お客様に実際の「成果」が出なければ全く意味がないと考えています。ただ単に申請書を代わりに書く「代筆屋」や、GビズIDのパスワードを預かって不正申請を行うような「丸投げブローカー」とは一線を画し、事業者様が本当の意味で資金を調達し、財務の健全化を達成して事業を軌道に乗せること。それこそが私たちの使命です。
千葉商科大学出身初の「中小企業診断士」として独立後、融資・補助金による資金調達総額は9億1,431万円(令和5年12月時点。融資を含めると現在は11億円以上)に達し、現在は報道番組「ABEMA Prime」等のメディアにスタジオ生出演して補助金業界のコンプライアンス(健全化)を提唱する立場となりました。しかし、私が最初から確固たる信念を持つコンサルタントだったわけでは決してありません。
むしろ、これまでの人生は激しい挫折と失敗、転機の連続でした。なぜ私がこの「Result」を立ち上げ、命を懸けて中小企業の『結果』にこだわるようになったのか、その創業の原点をお話しさせてください。
1. 死にかけた大事故、人生のどん底で気づいた「親不孝な自分」
私は今でこそ、資金調達やIT導入の専門家として多くの経営者様をご支援していますが、学生時代までは本当に「チャランポラン」な人間でした。中学・高校と勉強は一切せず、成績表を開けば「2」か「3」ばかり。名前さえ書けば入れるような高校を卒業し、流されるように大学へ進学しました。部活動やサークルも長続きせず、ただ遊んで暮らすような自堕落な生活を送っていたのです。
そんな私に、これまでの甘えた生き方を根底から覆す、あまりにも凄惨な運命の出来さが起こりました。大学1年生の時、バイクを運転中に凄まじい交通事故に遭ったのです。
頭蓋骨を骨折し、肺に穴が開き、右手と右足(右足は骨が粉々になる複雑骨折)に致命的な大怪我を負いました。一歩間違えれば即死していたか、一生、半身不随になっていたという、医師からも奇跡と言われるレベルの大事故でした。
事故後、1週間ほど意識不明の重体が続きました。朦朧とする意識の中でようやく目を覚ました時、私の視界に最初に飛び込んできたのは、私を見て、ボロボロと涙を流している母親と祖母の姿でした。
ボロボロになった私の体よりも、ボロボロに泣く家族の姿を見た瞬間、「自分はこれまで、なんて親不孝で無価値な生き方をしてきたんだろう。心配ばかりかけて、何一つ恩返しもしていない。このまま死んでたまるか。家族に恩返しができる人間になる」と。
この病床での涙が、私の人生に初めて「真剣に生きる」という熱い魂を宿しました。そして、「いつか自分の手で事業を興し、世の中に本質的な価値を提供する経営者になる」という、固い起業への決意が生まれた瞬間でした。
2. 模試D判定からの猛勉強、そして国家資格への挑戦
事故の後遺症と度重なるリハビリのため、大学を1年間休学せざるを得ませんでした。この休学期間中に「机に向かうこともままならない自分が、今できることは何か」を模索し、人生で初めて、狂ったように勉強を始めました。
まずはビジネスの基本である「日商簿記3級」の勉強からスタートしたのですが、それまで勉強をサボり続けてきたツケは重く、3級の試験に2回連続で落ちるという洗礼を受けました。自分の頭の悪さに絶望し、目の前が真っ暗になったこともあります。しかし、諦めずに貪り食うようにテキストを読み込み、3回目でようやく合格。そのままの勢いで、より高度な「簿記2級」も一気に取得することができました。「チャランポランだった自分でも、努力をすれば結果を出せるんだ」という確固たる自信が、この時初めて胸に宿ったのです。
大学に復学した際、キャンパスの掲示板で、ある一言が私の目を釘付けにしました。【中小企業診断士:日本で唯一の経営コンサルタントの国家資格】。直感的に「これだ!」と叫びました。真の経営者になり、多くの中小企業を救うためには、体系的な財務、IT、経営戦略の知識が絶対に必要であり、この最難関の国家資格を突破しようと決意したのです。
しかし、現実は恐ろしいほど甘くありませんでした。大手資格予備校の全国模試では、本番わずか3ヶ月前まで、最低評価である「D判定(合格可能性は極めて低く、来年の受験を推奨されるレベル)」を突きつけられていました。周囲の講師や受験仲間からも「今年は記念受験だろう」と思われていたに違いありません。
そこからの3ヶ月間、私は睡眠時間を限界まで削り、過去問の徹底的な復習と分析に命のすべてを捧げました。「成果が出るまで絶対にやめない」という執念だけでペンを握り続け、その結果、周囲の予想を完全に覆す、まさかの在学中一発合格を果たしたのです。
その後、母校である千葉商科大学の大学院に設置されていた「中小企業診断士養成コース(二次試験免除)」へと進学しました。当時は学歴を気にする声もありましたが、この大学は「努力する学生」を本当に温かく、手厚く引き上げてくれる最高の環境でした。大学生のうちに一次試験に一発合格し、そのまま大学院へ特別進学したルートは、創立以来私が初めての事例となりました。
こうして2年間の大学院での実務実習と研究を経て、無事に国が認める経営コンサルタントの証である「中小企業診断士」の登録を完了しました。しかし、資格という『武器』を手にした私を待っていたのは、独立という更なる険しい崖でした。
3. 「営業力」を鍛えるための会社員生活と、コロナ禍での独立
国家資格は取得したものの、当時の私にとっては「ただの肩書き」に過ぎず、どうやって独立すればいいのか全く分かりませんでした。どれほど優れた知識を持っていても、お客様に自社のサービスを売り込む『営業力』がなければ、経営コンサルタントとして飯を食うことはできない。そう痛感した私は、営業の厳しさ、徹底した顧客主義で有名だった業界最大手、大塚商会に新卒入社しました。「ここで3年間死ぬ気で営業の神髄を学び、必ず独立する」という厳しいリミットを自分に課したのです。
平日は大塚商会のトップセールスたちの洗礼を受け、過酷な営業の現場で泥にまみれながら、土日は大学院でさらなる学びを深め、夜や仕事終わりの時間を使って副業として補助金申請のサポートを行う。そんな睡眠時間が削られる、非常にハードな日々を送りました。
しかし、入社して2年近くが経った頃、世界を新型コロナウイルス感染症 of 嵐が襲いました。営業活動が自粛され、図らずも残業が減って定時退社が推奨されるようになったことで、私は副業である補助金の仕事にすべての情熱とリソースを割くことができるようになりました。コロナ禍で多くの中小企業が資金繰りに喘ぎ、生き残るための「持続化補助金」や「事業再構築補助金」の情報を切実に求めていたのです。
大塚商会で叩き込まれたIT導入の実務知識と、診断士として培った正確な財務分析を組み合わせ、徹底して親身に伴走する私のサポートは、多くの事業者様から信頼をいただくようになりました。やがて、副業によるコンサルティングの収入が、本業である大塚商会の給与を遥かに上回る瞬間が訪れました。もともと営業成績が振るわず基本給が少なかったこともありますが(笑)、「今ならいける」と確信した私は、計画通り丸3年間勤めた大塚商会を退職し、念願の独立を果たしました。
4. 挫折から生まれた社名「Result(リザルト)」への想い
独立当初、私は「品川M&Aパートナーズ」という社名でスタートしました。当時流行の兆しを見せていたM&A事業に参入しようと考えていたからです。しかし、現実は補助金のニーズが圧倒的であり、私は連日深夜まで補助金コンサルタントとして多忙を極めることになりました。
これまでに100社以上の事業計画作成に関わり、数え切れないほどの申請をサポートしてきました。しかし、ここで私は大きな壁にぶつかり、経営コンサルタントとしての存在意義を揺るがされるほど深く落胆することになります。
私は自ら経営コンサルタントを名乗っていながら、その実態は、単に申請書を綺麗に飾り立てるだけの「事業計画の代行屋さん」に過ぎなかったのです。私がお手伝いして見事に補助金が採択されたにもかかわらず、その後の新規事業に失敗して倒産してしまった会社。結局事業が上手くいかずに補助金を国に返還することになってしまった会社を、私はこの目で何社も見てきました。
例えば、とあるフィットネス事業者、流行りのサウナビジネスに参入。弊社で、計画策定支援。無事に補助金が採択され1億円以上の補助金を手に入れました。しかし、事業は軌道に乗らず倒産…その他にも、金融機関から手の平を返され、つなぎ融資の調達に失敗、新規事業にできず補助金を受け取れなかった事業者や、採択されたものの、計画通りに事業ができず、2,000万円以上の補助金を返金する事になってしまった事業者など、失敗事例を挙げればきりがありません…
このとき、私の胸にバイク事故のときと同じ、張り裂けるような後悔と痛みが走りました。「ただ補助金を受からせるだけの代行屋では、事業者様を本当に幸せにすることはできない。事業計画段階での綿密な資金繰り計画、適正な賃上げ設定。そして採択後の実績報告・5年間の効果報告まで、結果(Result)が出るまで徹底的に寄り添わなければ、コンサルタントを名乗る資格などない」と。
この強い気づきが、現在の私の原点です。当時通っていた経営塾(志士塾)で「会社名は提供する業務内容ではなく、理念を込めて名付けるべきだ」という言葉に出会い、私は社名を変更することを決意しました。
そうして生まれたのが、「株式会社Result(リザルト)」です。「Result」とは英語で「結果」「成果」を意味します。「すぐやる。必ずやる。成果が出るまでやり抜く」。この覚悟を、そのまま社名に刻み込みました。
私はこれからも、表面上の「代行」「丸投げ」といった言葉を一切排除し、中小企業・小規模事業者様が本当の意味でお金で豊かになり、持続可能な発展を遂げられるよう、プロの中小企業診断士・認定支援機関として、そしてコンプライアンス最優先のパートナーとして、全力で伴走し続けます。
5. これからのResultが提供する約束
私たちは、単なる補助金や融資の書類作成代行会社ではありません。一時的な資金調達のみを追いかけるのではなく、お客様の資金繰りや財務体質を中長期的な視点で見つめ、本当にその会社に必要な経営判断、本当に価値のある資金調達手段だけをご提案します。そして、補助金や融資が「採択・実行された後」の新規事業がしっかりと軌道に乗り、実際に売上が上がり、成果(Result)が出るその瞬間まで、徹底的にお客様の隣で伴走し続けます。
もちろん、事業の最終決定を下すのは、一国一城の主である経営者様ご自身です。しかし、私たちが客観的・財務的な根拠を持って見て「このままの事業計画では高確率で失敗する」と判断したものや、開発実態・投資対効果の根拠が極めて曖昧な事業については、安易に申請をお引き受けすることはありません。ただ受託報酬(着手金)欲しさに、不適切な計画での申請を勧めることは、結果的にお客様の大切な未来に致命的な金銭的不利益(全額返還ペナルティなど)をもたらしてしまうからです。
100%完璧に未来の結果を言い当てるような「魔法のコンサルタント」は、この世に存在しないかもしれません。しかし、私たちは「誰よりもお客様 of 成果にコミットし、成果が出るまで行動を止めない」こと、誠心誠意、結果が出るまでとことん伴走し抜くこと、そして徹底した法令遵守のもとで、国や公社、金融機関から最も高い信頼を寄せられるクリーンな計画を共創することをお約束します。
補助金や融資という一時的な公的枠組みに捉われず、日本全国の、そして各地域を支える素晴らしい技術やサービスを持つ中小企業様が、お金の不安から完全に解放され、本業に集中し、豊かになり、世代を超えて持続可能な成長を遂げられるよう、これからも全力でサポートしてまいります。
株式会社Result
代表取締役 中小企業診断士 佐藤 勇樹
【無料相談】補助金・融資・資金繰りのお悩み、プロの診断士が「成果が出るまで」伴走します!
「自社で使える最適な補助金や融資制度を知りたい」「採択された後の実績報告や返還ペナルティ対策が不安だ」「信頼できるクリーンな支援機関に相談したい」など、資金調達や経営改善にお悩みの経営者様は、どうぞお気軽に株式会社Resultの初回無料相談をご活用ください。対面またはオンライン(Zoom等)にて、佐藤勇樹が直接お話を伺い、貴社のための「結果が出るロードマップ」を誠心誠意共創いたします。
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